酸素に触れる必要は?
作成:2017/01/30
更新:2017/11/08
以下の記述、酸素依存説を発見しました。ワサビの辛味成分、アリルイソチオシアネートの生成に際して、酸素(空気)に触れる必要がある模様です。分子模型があったり、信頼のおける情報源の様に見えますが、はたして本当に正しいのでしょうか?
> すりおろすなどして酸素と触れると、
また、以下の記述も発見しました。但し、Wikipediaからの引用と表記があります。
> すりおろすなどして酸素と触れると、
他にも似たような記述は多くありました。しかしながらどれも出典が明記されていません。うーん。
> わさびをおろすときのおろし金の目が細かいほど多くの細胞が空気
●ワサビ | 成分情報 | わかさの秘密
●健康コラム 第2356回 和のテクノロジー
●第1349回 粒と辛味 2009年10月20日
●日本人は山葵?
●全国すし商生活衛生同業組合連合会 HOME→すし検定→すし検定学習→ (四)すしの名脇役
http://www.pref.hiroshima.lg.j
> すりおろすなどして酸素に触れると酵素ミロシナーゼとの生化学反
つづいて、その引用の論文を見てみました。残念ながら酸素の関係は記載されていませんでした。そこで、本論文の作成者に問い合わせを試みました。以下がそのメールになります。
日付: 2017年1月30日 15:22
件名: 質問 酸素は関係してますか?
広島県立総合技術研究所 食品工業技術センター
食品加工技術部 橋本 顕彦 様
はじめまして。お隣の島根県でワサビ農家をしているものです。
Bulletin of Hiroshima Prefectural Technology Research Institute Food Technology Research Center No.27 (2013) 〔ノート〕 35
●酵素量のコントロールによるすりおろしワサビ中の アリルイソチオシアネート保持技術
> すりおろすなどして酸素に触れると酵素ミロシナーゼとの生化学反
というのも、手持ちの書籍「小嶋著,ワサビの科学,
これは誤植、つまり漢字の旁(つくり)
とりいそぎお願いまで
|
早速以下の解答が帰ってきました。
日付: 2017年2月1日 13:46
件名: 酸素とミロシナーゼについて
三浦 祐二様
食品工業技術センター 青山と申します。 橋本は退職いたしましたので,代わって回答させていただきます。
再度,アリルイソチオシアネート(AITC)の生成と酸素ガスの関係を調べ直したところ ご指摘のとおり酸素ガスがミロシナーゼの反応に関与していると根拠を持って記載している 科学論文等は調べた範囲にはありませんでした。 ご指摘いただいた当方の研究報告の記載は書き間違いだと思っております。 正しくは「すりおろすなどしてミロシナーゼと接触し生化学反応によりAITCが生成する。」 と記載すべきでした。ご指摘ありがとうございました。
広島県立総合技術研究所 食品工業技術センター 技術支援部 青山康司 |
並行して、島根県産業技術センターの小川哲郎氏にも問い合わせをしました。彼はワサビの機能性を研究している科学者で、私が信頼している方のひとりです。回答は「空気(酸素?)の必要性については記載されていません。単純に加水分解反応との記載のみです。」とのこと。よってワサビの辛味生成に関して、「空気に触れる必要」は無さそうです。むしろ空気の存在は、辛味・香気成分の揮発を促すディメリットしかない、と考えるべきでしょう。
追記(2017年4月)
以下コミックは、今となっては誤った情報と明確に分かるのですが、おおよそ30年前の出版。ネット環境の乏しい時代にこれだけ調べ上げた製作スタッフには、頭の下がる思いです。と同時に本書が、誤った「酸素依存説」を広く流布させる原因となったとも考えられ、その大罪に幾ばくかの憤りを感じます。というのも、これより古い「酸素依存説」は発見できないからです。
なぜ大罪か、それは美味しいワサビがの成分が揮発して台無しになるからです。よってこの場を借りて、後述の通り訂正させていただきます。
●雁屋哲、美味しんぼ6巻 辛味の調和、1986年
> ワサビの 細胞の中に含まれている有効成分は そのままでは全然辛味も発揮しない。
> 細胞を破って 空気の酸素にふれると 同じく細胞の中に含まれる酵素が働いて
> アリルゼンフォイルという辛味と香気を放つ物質に変わるのです。
空気の酸素にふれると
→酵素反応(加水分解)には若干の水が必要であるが、酸素は全く関係がない。
アリルゼンフォイルという辛味と香気を放つ物質に変わる
→アリルイソチアシネートという辛味成分をはじめ、甘味成分、香味成分に変わる。
尚、「アリルゼンフォイル」について検索したところ、「美味しんぼ」が出典と記載されているものがほとんどでした。但し以下2件は例外です。現在、それぞれについて出典を問い合わせているところです。
●安田和宏 Science Air ワサビ2001年1月20日
http://sciece-air.blogspot.jp/2001/01/blog-post_20.html
> 実はワサビそのものが辛いわけではありません。
> 辛味の原因は、最初は辛味のないような形でワサビの組織の中に隠れています。
> ワサビをおろすなどして組織が壊れると、酵素の働きで辛味を発揮する物質に変化するのです。
> その正体は「アリルゼンフォイル」という物質です。
著者は「国立科学博物館認定サイエンスコミュニケータ」とのことですが、研究者ではなく、単に国立科学博物館の講座を受講した方の様です。
非日常を楽しむ♪
http://yaplog.jp/kanesada25t/archive/862
> サメ皮を使う方がきめが細かなせいか、ワサビがねっとりと仕上がり、
> このお店のワサビを口に入れると、市販のチューブ入りと風味に雲泥の差が全然違うことがわかる。
> きめ細かくすりおろせばワサビの細胞がより多くつぶれて
> 酵素が充分に働くから辛味と香気を出す物質(アリルゼンフォイル)がより多くできあがるからだ。
こちらについては、「酸素」の誤植は反映されていないものの、別物質なのに「辛味と香気を出す物質」と同一物質として記載していることから、当該コミックを自分の言葉に修正したものと思われます。
コミック「将太の寿司」ついて、後述の通り、作者に問い合わせを試みました。2017/4/17、以下Facebookのメッセージ投稿によります。
●寺沢大介 - ホーム
https://www.facebook.com/kabasensei/?hc_ref=SEARCH&fref=nf
> はじめまして。島根県でワサビ農家をしております。後輩(法律/井田ゼミ/竹之会/H4卒)のよしみで、どうか教えてください。
さて、「わさびの気持ち」で「わさびの細胞が空気によく触れて辛味が増します」という記述があります。この根拠、出典がどこか教えて頂けないでしょうか?
因みに、論文等調べたところ本記述の根拠は見つかりません。おそらく「酵素」を「酸素」と読み違えたものが、誤って広まった様に思えます。
とりいそぎお伺いまで。
<参考文献>
- 雁屋哲、美味しんぼ6巻 辛味の調和、1986年
- 寺沢大介、将太の寿司 わさびの気持ち、マガジンSPECIAL連載、1992年