おろし道具の総選挙
作成:2016/02/15
更新:2017/10/22
前回のコラム「辛味の科学」では、ワサビの辛味が発生するメカニズムを紹介しました。まずはその復習から。さて、ワサビの茎を叩いたり、根茎を摺りおろしたりすると、ワサビの細胞が破壊されます。それによってミロシナーゼという酵素とシニグリン配糖体と呼ばれる苦味成分がご対面、酵素の反応が始まり、辛味成分であるアリルイソチオシアネート(AITC)等に分解されます。
因みにシニグリンは通常の細胞に、ミロシナーゼは異型細胞のミロシン細胞(右写真)に含まれています。逆にいえば、この2つの細胞をうまく壊さないと、苦味が残ってしまい、かつ、辛味と甘みが少なくなってしまいます。つまり、不味いワサビとなってしまうのです。したがって、ワサビのおろし道具には、これら2つの成分をうまく取り出すために、同時に2種類の細胞を壊す性能が求められます。
結論から言えば、お勧めは以下2種類、ともに「ワサビ専用」になります。因みに私自身は、TPOに応じて両方使い分けて愛用しております。
- ワールドヴィジョン社「他」
鮫皮製おろし - ツボエ社
サメ吉
鮫皮の方は江戸時代からこの形が完成されたと云われてます。おろしの品質も良く、そのうえ道具としてビジュアル的にも恰好が良く、お勧めのひとつです。外観に関しては特に外国人受けは良いようです。というのも先般、地元の益田で米国人(ホイットフィールド船長の末裔)をもてなす機会があったのですが、初めて見た本物のワサビよりも、鮫皮の道具に大興奮していたからです。おそらく映画「ジョーズ」の影響なのでしょうか、「シャーク!シャーク!!」と叫び続けていました。 この様に鮫皮は、文句なしの様ですが、値段も張るうえ、手入れが大変で、耐久性もありません。なので、ビジュアル重視の方しかお勧めできません。
一方サメ吉は半額以下、価格が手頃です。ステンレス製なので衛生的で手入も簡単、耐久性もあります。そして何よりも、すりおろす生産性が鮫皮の3倍程度あります。お勧めはしませんが、凍結したワサビの根茎すらすりおろせます。生姜に至っては繊維っぽさも薄れ、とても美味しく頂けます。よって、実質性能を重視するなら、サメ吉を断然推奨します。
尚、使い易いサイズは、鮫皮では「大」以上、サメ吉では「小」以上です。それぞれのおろし部の面積は、ほぼ同サイズになります。
尚、一般的なおろし道具(以下写真参照)は大根用であり、ワサビにはお勧めできません。刃(目)が大きすぎて、うまく細胞を壊すことが出来ないからです。むしろワサビの良さを損ね、生ワサビを使う意味が無いと言えるでしょう。因みに、ABがアルミ、Cがステンレス、DEがプラスチック、Fはセラミック、Gが銅製です。いずれの場合も(特に銅製)目が細かければ差し支えありませんが、竹製(鬼おろし)と電動は、強く推奨し(絶対に使ってはいけ)ません。
鮫皮とサメ吉、すりおろした結果のテクスチャーは大きく異なります。鮫皮はとてもクリーミーになります。それが故「鮫皮が一番」という人が多くいるのでしょう。しかしながら、このテクスチャーの違いが味覚に影響を与えることは、ごく少量の薬味だけに困難だと考えます。それにそもそも、私自身がこの両者に辛味・風味の違いを感じたことがありません。仮に違いがあっても、普通の日本人が知覚できるレベルではないと考えています。個人的にはプラセボを排除しなかった、官能試験の結論だと考えています。
したがって、鮫皮製、サメ吉、どちらの道具を選ぶかは、人それぞれの好みにあわせてください。ワサビの美味しさに違いにがない、仮にあっても気にならない程度なのですから。よって、ビジュアル性と生産性を天秤にかけつつ、各自の財布と相談することで決めてください。
ところで、「生涯に数回ほどしか使わないものに金をかけたくない!」、あるいは「サメ吉でも予算的に厳しい」という人がいるかもしれません。そこで300円以下のおろしを集め、一同に評価してみました。写真左側から次の表の通りです。
順位 | 販売店 | 商品名 | 商品コード | 材質 |
価格 (外税) |
備考 |
4 | イオン |
トップバリュ ミニおろし器 |
4902121932412(JAN) | ABS樹脂 | 276円 |
ひっかかる 水っぽくなる |
2 | ニトリ |
卓上卸し金 小 |
8971205 | ステンレス | 185円 |
ダイソー「ミニおろし」より おろし面積が狭い |
3 | ニトリ |
薬味オロシ (カクガタ) |
8971179 | ステンレス+スチロール樹脂 | 138円 | やや目が粗い |
3 | ダイソー | 薬味おろし | B-005 No.19 | ステンレス+スチロール樹脂 | 100円 | ニトリと同製品 |
1 | ダイソー | ミニおろし | B-001 No.18 | ステンレス | 100円 | なんとか使えるレベル。 |
注意して頂きたいのは、以下は一応ワサビ専用として流通していますが、「現時点で」お勧めしません。というのも、本製品は鮫皮おろし以上にクリーミーになるのですが、鮫皮おろし以上に作業に時間がかかり、生産性が極端に低いからです。また、その為なのか、辛味・香味成分が揮発してしまうようです。詳しくはAmazonに投稿した私のレビューをご確認ください。
【貝印】関孫六 なめらかわさびおろし器 DH-3310 ¥1,050~
<参考文献>
- Plant & Cell Physiology Vol. 47、2006年
- 白川、ミロシン細胞の分化と分布の研究、京都大学、2009年